杏っ子(1958年東宝作品)
監 督 成瀬巳喜男 
脚 本 田中澄江、成瀬巳喜男
出 演
香川京子、木村功、山村聡、夏川静江、太刀川洋一(洋)、中北千枝子、三井美奈、藤木悠、土
屋嘉男、中村伸郎、小林桂樹、

加東大介、賀原夏子、沢村貞子、佐原健二、林寛、千秋実、三田照子、河美智子

解 説              
 何度もこの作品を映画館で観る度に、なぜこんなにすばらしい作品をビデオ化して「多くの人々に知ってもらおうと」しな
いのだろうという、素朴な疑問をいつも感じます。ビデオで、多くの人がこの作品を観れば、成瀬の1年近い製作空白の期
間の苦悩を想像することができるかもしれないのに。

 この作品は、もちろん文芸大作路線の中にあって、室生犀星の原作を「焦点」として描いたものなのですが、評論家の
中には重く息苦しい作品だと評価されている方もいます。確かにそれは否めない面もありますが、たとえば「放浪記」「浮
雲」などの大作と比較したときに
女性の「たくましさ」や「ひたむきさ」が悲しく思える場面がほとんどなく、「知らない者同士
が一緒に生活する夫婦とは闘いの連続である」というような父親の言葉が、一種の応援歌となり、杏子や観客を励まして
おり、終わり方に象徴されるように意外と「あっさりと仕上がっている」のではないでしょうか。つまり観るものに考えさせる
余韻を残し、かつユーモアのある比較的明るい作品とであると私は捉えています。確かに、「めし」や「驟雨」に似た爽快さ
が残るのです。
俳優の演技について見てみると、まず、夫役の木村功の子どもが拗(す)ねているような甘えた態度や、金銭感覚や生活
力のない面が「憎たらしく」思えるくらいの演技が台詞の言い回しのうまさとともに引き立っています。次に、父親役の山村
聡ですが、いかにも作家らしく冷静な目を持ち、広い心と娘への責任が感じられる愛情表現が素晴らしい。加えて、キラリ
と光る存在あるいは不可欠な味付け役として弟(太刀川)やりさ子(三井)、そして管(加東)らが配されています。最後に
主役の杏子ですが、香川京子の豊かな顔の表情が余すところなく生かされ、その清楚な美しさをスクリーンいっぱいに楽
しむことができるとともに、生活感があふれている割に品の良さのにじみ出た演技であったと思います。
 「放浪記」や「浮雲」は成瀬の代表作として、すばらしい作品であると思いますが何度も観ているとつらくなることがありま
す。でも、この「杏っ子」は、また観てみたい、そしてあの爽やかさを味わいたいと感じられる作品です。(S.U氏寄稿)
(文中敬称略)
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