小澤弘昌の私設民俗資料館
(静岡県清水町の灌漑用水を中心とした民俗と歴史)

柿田川の今昔
                      古泉榮一
                  (柿田川湧水保全の会会長)
 
現在の柿田川の川岸

1940年代の柿田川水源地(小澤弘昌所有)
水面の白い部分は水が湧いて噴き出したところ
柿田川の川岸は泉郷の農民たちにとって重要な生活基盤であった。農民たちは、この川岸の森林をいわば里山として植林や伐採などの管理をしてきた。ここでは前丸池用水かんがい用水土地改良区理事長で柿田川湧水保全の会会長の古泉榮一氏が1990年代の前期に書かれた文章から、どのようにこの地域の人々が柿田川と接してきたか見てみたい。なお、快く文章の掲載を許可していただいた古泉氏に深謝します。
 現在の柿田川とその周辺を知るためには歴史をさかのぼって考えて見る必要がある。
 まず、富士山のことについて考えてみたい。富士山は複合火山といわれている。何回となく噴火を繰り返してその都度夥しい溶岩を下流に向かって流れ末端は三島におよんでいる。不思議なことに富士山の周りには川という川はない。また愛鷹山・箱根山も今の姿になるまではどんな変化があったのだろうか。この素晴らしい山(富士山)は天からの恵みの雪や雨の一大貯蔵庫となる。そして蓄えられた地下水は下流に湧き出ている。
 その代表的なものが柿田川でその他に富士宮の湧く玉池や山梨の忍野村湧水も代表的なものである。
 柿田川周辺の山林や樹木は(川岸の)所有者が長年にわたり管理し大切に育ててきたものである。そして今の姿になったのは「ガス」が家庭燃料として普及し始めた頃にさかのぼる、それまでは家庭燃料は薪を主としていたので、人々は柿田川周辺の樹木を盛んに利用した。 太い枝は適当に下打ちしてマキとし、小枝はモヤに束ねて蓄え、した木や竹笹などは下刈りをしてこれもマキとして主に風呂を沸かすのに使った。かつて、五右衛門風呂は焚き口が大きく下刈りしたものを焚くのに適していて沸きも早くどの家庭でも利用されていた。煮炊きや風呂そして冬部屋の暖をとるのも全てマキであり生活上欠かすことのできないものであったことは、皆さんご承知のことと思う。 昔ばなしに娘を嫁がせるとき、娘の親は嫁ぎ先の家に一年中使うマキを蓄えるだけの山林や林を持っているか確かめて嫁がせたという、話があるほどである。このように遠い昔から人間は自然と調和のとれた生き方をしてきたが今は違う、より良い生活を営むために環境が破壊されその結果、人間は大きな代償を払うことになった。
 前述のようにマキの時代は終わり柿田川周辺の樹木は全く手が入れられず今日に至っているのであって必ずしも自然の姿とは言いがたい。原生林であればともかく「一木一草たりとも切ったり採ることはまかりならん」と言う言葉は柿田川の保護に関しては通用しない。
 たとえば川草(川藻の類とオランダガラシその他)の歴史について述べてみたい。柿田川といつ頃から言い始めたか定かでないが昔から近郷の人は泉といっていた。川草は後北条氏の時代から泉郷(堂庭・湯川・久米田・戸田・畑中・的場など)に採取権があり田畑の肥料として農家にとっては生活のかかった大切なものであった。ゆえに化学肥料が普及しても盛んに採取し利用された。
 農業の衰退と同時に、このことは忘れ去られてしまったがこれも時代の流れとして仕方のないことである。
 一方、オランダガラシ(クレソン)は近年の洋食ブームで急速に利用価値がたかまり採取業者の摘み取り回数が多くなり、このままだと絶滅とは言わないが重大な危機にあることは否めない。川藻の方はどうだろうか、これはクレソンと違い採取しないで放置しているので伸び放題で、このまま手を入れなければ逆に植生が乱れてしまい同時に老化現象をまねき大変なことになる。また三島梅花藻は貴重な植物だというが三島がかつて「水の都」といわれた頃は市内を流れる川のいたる所で見ることができた。柿田川の梅花藻も、このままでは他の川草と同様に老化現象をおこし植生範囲も狭くなり遂には絶滅することも考えられる。
 老化したものは刈り取りをすることで新陳代謝が旺盛になり昔のように若くて美しい緑色の姿を取り戻してくれるものと思う。
 このことは私一人の意見ではなく泉のほとりに住み泉と共に生活してきた人々のいつわらざる言葉である。今の姿だけで柿田川の環境保全を論ずることは賛成できないし、本当に柿田川を保護するためには前述の通り現状直視的な保護でなくもっとも合理的な保護対策を講ずべきである。
 これには柿田川を知っている人、すなわち長年にわたり川辺に住んできた人々の意見を率直に聞き、将来に悔いの無い姿で町の貴重な資産を子々孫々に伝えるために官民一体となって取り組むこと、これが我々に課せられた責務ではないだろうか。
※柿田川湧水保全の会についてのお問い合わせは柿田川湧水保全の会事務局(TEL0559−81−8216)までお願いします。
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